当研究室は、「薬をやめたい、早く治したい、実績を重視したい」方に向いています。


ご挨拶

 

頭が痛いから薬を飲む。

 

眠れないから薬を飲む。

 

気分や体調が優れないから薬を飲む。

 

薬は大切です。しかし、いつまで続けるつもりでしょうか?

 

もしその苦悩の原因が、極わずかな首の歪みにあったとしたら、そして、その歪みの改善に0.5秒とかからないとしたら…。

あなたが無駄に失った時間の大きさに愕然とするのではないでしょうか?

 

 

◼️小学生の頃から頻回な頭痛に悩んでいた30代女性が一回の施術で改善した例

 

◼️4回のブロック注射でも治らず手術しかないと宣告された腰部ヘルニアの中学生が数回の施術で改善した例

 

◼️頭痛、腹痛、腰痛のため7種類の薬を1日3回飲んでいた女子高生が数回の施術で全ての薬が必要無くなった例

 

◼️頭皮激痛のため髪を触ることすら出来なかった70代男性が2回の施術で髪をとけるようになった例

 

◼️学生時代にラグビーで痛めた首で40年間苦しんできた60代男性が数回の治療で改善した例

 

◼️堪え難い首の痛みで頚椎カラーを手放せない状態であった50代女性が数回の治療で10年来の痛みから解放された例

 

◼️線維筋痛症と診断され介助なしでは歩行が危うかった60代女性が一回の施術で自分の鞄を片手に歩いて帰った例

 

◼️顔を除く全身の蕁麻疹で3ヶ月皮膚科に通い全く変化が見られなかった40代女性が3回の施術で80%改善した例

 

◼️後頭部から臀部まで小さな虫に食い荒らされている感覚の苦しみで自殺まで考えていた60代女性が数回の施術で改善した例

 

◼️夜中になると顔の痛みで飛び起きていた小学生、その両親は精神の病とまで心配した症状が一回の施術で改善した例

 

◼️皮膚科、血管外科で原因不明とサジを投げられた足首に血が滲む20代男性が3回の施術で出血が止まった例

 

◼️10年以上も鬱病で悩み、投薬を続けていた50代男性が、3回の施術で「やる気がみなぎっています。このまま人生終わらせません!」と発言するようになった例

 

 

ほんの一例ですが、こちらの患者さん達は、症状改善を手に入れただけでなく、「本来あるべき人生を取り戻した」とも言えます。

 

実は、このように症例を挙げると

 

「自慢話ならやめて下さい」

 

「凄いと言われたいだけですよね?うんざりです」

 

などと、心無いご意見を受ける事があります。

 

  

悲しいですが、そう捉える方がいるのは事実です。

 

しかし、「うんざり」する程の患者さんが、県内は勿論、県外、離島、そして海外から治療に来られ、「人生を変えた」のも事実なのです。

   

とはいえ、正直にお話しすると、私の手は「ゴッドハンド」ではありません。

 

多くの人が望むような「魔法のように治った」症例ばかりではありません。

 

残念ながら、地味にコツコツと治療を続けた症例、これもまた数多くあります。

 

私に「お約束できること」は、誠実にあなたの症状と向き合い、国家資格を持つ医療従事者として、キャリアに恥じない施術を行うということだけです。

 

症例を見ていただき、「私も同じだ!」と気づき、あなたが今の苦しい症状から解放され、人生を取り戻す、そのお手伝いができるようであれば嬉しく思います。

 

 

福岡天神治療研究室

村上公一

 


臨床実務31年超の治療家(柔道整復師、鍼灸師)です。

 

過去に整骨院を二院を経営、スタッフ15人と共に100~120人の患者さんを施術していました。症例数は24,000以上、患者さんの延べ人数は40万人と中規模の都市人口を超えます。

 

しかし、その頃は、あまりの患者さんの多さに「人を治している」という実感をなくしていました。

 

現在は、福岡天神大丸から徒歩1分に治療研究室を構え、「薬をやめたい、早く治したい、実績を重視したい」方向けにお一人お一人を丁寧に治療しています。

 

鍼灸整骨院・整形外科・内科・リハビリテーション科での実務経験、二人の師匠からの技術伝承を基盤に独自の施術を行なっています。

 

治療の一方で、東京、大阪、福岡を中心に治療家向けの技能向上セミナー、整骨院経営セミナー(5年間64回)を行い、後進の育成にも力を注いでいる。治療家向け教材(DVD等17本)も多数発行。

 


学歴

福岡大学附属大濠高校卒業

福岡大学法学部経営法学科卒業

関西医療学園専門学校卒業 鍼灸師・あマ指免許取得

米田柔整専門学校卒業 柔道整復師免許取得

 

職歴

奈良県:山本大学堂鍼灸院

奈良県:藤本整骨院

愛知県:しもの一色鍼灸整骨院

愛知県:柳原鍼灸整骨院

愛知県:大菅病院鍼灸療法室

愛知県:原病院リハビリテーション科

愛知県:勅使河原病院リハビリテーション科

福岡県:村上整骨院 院長

福岡県:福岡整骨院 院長

福岡県:整骨院経営総研 代表

福岡県:歯科・柔道整復・鍼灸顎関節症共同研究会 顧問理事

福岡県:福岡天神治療研究室 代表

 

 


私の頭痛遍歴と治療法との出逢い

 

時は、私の高校時代にまでさかのぼります。 

 

当時、私の身体は、ひどい頭痛と首の痛み、 さらに背中、腰痛と「どこをとっても良いとこ無し」でした。 

 

特に頭痛のピーク時には、1mmも身体を動かすことができないほどの激痛でした。 

 

当然、病院には何院もかかりました。

 

しかし、医師たちは「どこも悪くありませんね」のひと言。

 

三日分の鎮痛剤を渡されて終わりといった状態でした。 

 

そのうち病院に行くのも面倒になり、市販のバファリンを毎日飲むようになっていました。

 

ご存知のように鎮痛剤は常用すると、身体が慣れてしまい、徐々に効かなくなります。

 

適正量の二錠が、三錠、四錠と、 一度に飲む量も増えていました。  

 

「こんなに辛い思いをしてまで生きる意味があるのか?」 

 

いつの間にか、そう思うようになっていました。

 

病院での治療をあきらめた私は、カイロプラクティック、整体院、整骨院、鍼灸院などを転々とするようになっていました。

 

薬と治療を併用しつつ、何とか生き延びていました。 

 

まさに『生き延びる』といった思いで、十年が過ぎていました。 

 

そして、運命の出逢いが訪れます。 

 

「北九州の小倉に良い先生がいる」という友人の紹介で、とある治療院に向かいました。

 

自宅のある福岡市から、車で約一時間半、往復三時間の道のりは、決して近くはありません。

 

友人の書いてくれた地図を頼りに訪ねた先は、看板ひとつ無いただの「おんぼろアパート」でした。 

 

しかし、当時の私にとっては、そんなことはどうでもいい事でした。 

 

「治してくれるのなら、何でもいい」と思っていたのです。 

 

ドアを開けてみると、アパートの小さな玄関に何足もの靴が散乱していました。 

 

一瞬ひるみましたが、中にたくさんの患者さんがいるのは明らかです。

 

何とか自分の靴の置き場を確保して、上がり込みました。

 

そこには、ひしめき合う患者さんとベッドが一台、そして、白衣を着た老人が一人いました。

 

「白衣を着た老人」といったのは、およそ「先生」といった風貌ではなく、 「ヨボヨボのおじいさん」といった感じだったからです。

 

白衣を着ていなければ、誰が患者さんなのか、わからない状態でした。 

 

先生は、目がよく見えないご様子で、遠目でわかるほど手が震えていました。 足も悪く、歩くのにも不自由な状態でした。 

 

「治してくれるのなら、何でもいい」と思っていた私も、さすがに不安になりました。

 

それでも、わざわざ来たからには簡単に帰るわけにもいきません。

 

順番が来るのをじっと待っていました。

 

六畳ほどの部屋に大人がひしめき合っていますから、 自然にひと言ふた言と話をします。

 

聞けば、みなさん、私よりも遥かに遠くから来られていました。

 

県外から、ホテルに泊まり込みで治療を続けている方もあり、 驚いたことをよく覚えています。

 

いよいよ私の順番が回ってきました。

 

自分の症状を簡単に説明すると、先生はおもむろに治療を開始されました。

 

治療の中心は、「鍼」と「矯正(ゆがみ調整)」でした。

 

いずれの治療も過去に受けたことがあったので、 まったく抵抗はありませんでしたが、「何か」が違っていました。

 

その「何か」とは・・・結果です。

 

どんな治療を受けても、三日ともたなかった筋金入りの十年頭痛が、 三日以上止まっていたのです。 

 

当然、私は通うことを決意しました。

 

しかし、車で約一時間半、往復三時間の道のりです。

 

当時、二十代のサラリーマンだった私には、正直、時間もお金も苦しかったです。

 

それでも生活費を切り詰めながら「これで治る」と信じて、通い続けました。

 

三ヶ月が過ぎた頃には、私の体調は、今まで経験したことがないほど良好になっていました。

 

その頃には、先生ともすっかり仲良くなり、馴染みの患者さんであれば、治療を見せてもらえるようになっていました。

 

何故か、先生は「ここにこの角度で、これくらい刺す」とか、「この症状のときは、こう矯正する」など、まだ素人の私にこと細かに説明してくれました。

 

私は、特に自分自身と同じ症状である「頭痛」に関しては、食い入るように見聞きしていました。

 

私は「治療」というものに、徐々に魅せられていきました。

 

そんなある日、先生に唐突に言われたのです。

 

「君、治療家になるかい?」 

 

このひと言が、私にとって大きな大きな転機になりました。

 

そして、その後、この「全く無名でヨボヨボの凄腕治療家」から 「門外不出の治療法」を継承することになり、現在の基盤を築くことになったのです。

 


【師匠について】

 

私には、師匠が二人います。

 

一人は、医学博士のインテリ鍼灸師。

 

もう一人は、「大日本帝国陸軍」上がりの柔道整復師、鍼灸師です。

 

 

インテリ師匠は、鍼灸専門学校と大学の講師でもありました。

 

ある日、教室に展示している骨模型で、学生がふざけて遊んでいると大変なことが起こりました。

 

インテリ師匠は、学生たちを叱るのではなく、こんな話をされました。

 

「この模型は、確かに今はプラスチックかもしれへん。でもな、元々は医学の為に、献体していただいた方の骨を型取って、作ったものなんやで。君たちはそれを知ってやってんのか?」

 

と言いながら涙を流すような人でした。

 

今は大学教授のこの師匠からは、鍼灸の理論的治療法は勿論、医療人として最も大切な「志」を教えていただきました。

 

 

帝国陸軍師匠は、朝鮮半島で足を刺されて不自由になったこともあり、大陸や半島の人たちに、恐ろしく偏見を持った人物でした。

 

戦争の話と「背の低い自分がいかに柔道が強かったか」の話しかしない人でしたが、治療院は「常に満員状態」で、遠方からホテルに泊まり込んで通う患者さんがいるほどの凄腕の持ち主でした。

 

今は故人となったこの師匠からは、野戦病院でも通用するような「実践的治療法」を教えていただきました。

 

 

治療家としての私は、全く路線の違う、この「陰と陽」のようなお二人によって出来ています。

 

 

 


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